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 「10年代」(20世紀に倣うとそういう呼び方になるのか? )に突入する新年を祝うメニューバーには、前年秋に完成した新築のわが家に初めて飾られた注連飾りを使うことにした。題して「新・わが家、初めての正月」、といったところか。玄関回りはアルミのサッシ、その周辺は新建材で、注連飾りを掛ける釘をどこにどうやって打とうかと思っていたが、アルミ部分にフックのついた吸盤を貼り付けることで解決。無事注連飾りを取りつけ、新年を迎えられた。
 2010年冬季五輪での日本選手団の活躍を期待して作成。背景は1998年長野五輪会場だった八方尾根スキー場。白馬の町に向かって駆け抜けていくダウンヒルのコース上(だと思うけれど)からの風景。結構な斜度なのに飛ぶがごとく駆け抜けていったあの映像が今でも思い出される。ここから少し南のジャンプ台は、ジャンプ団体金メダルのあの感動の瞬間の舞台にもなった。あれからもう12年・・・すごい、干支も一回りしたんだ・・・。今回の代表もぜひわたしたちをわくわくさせてほしい。
 私の生まれ育った町がとなりの市と合併してなくなってしまうのにあたり、感謝と別れを惜しみ、作ったメニューバー。いずれももう2度と見ることができなかったり、登録することができなかったりするもので、確かにここにこの町があった、ということを記憶にとどめるために、何枚も撮影した画像の中から選んで作ってみた。新市誕生記念のメニューバー? しばらく様子を見ていたが、作るわけないじゃん! たかだか人口でわが町の2倍ちょっとしかない市にもかかわらず、まるでわが町を飲み込んだかのような態度と住民サービスの低下。ずいぶんではないか?
 日本を旅立つ時は史上最弱とまで言われた「第2期」岡田JAPAN。5年に1度、平日に大手を振って休める休暇を取得できる年でありながら、直前の東アジア選手権での不甲斐ない戦いぶりに、南アに行く準備を進めてきながら取りやめた私。しかし私は日本人。心の底では代表の活躍を願い、信じていた。そんな中で作った2010バージョンのメニューバー。結果、代表は覚醒。ベスト16という結果ももちろんだが、日本代表としての誇りを胸に、熱く、冷静に戦ってくれた。見ているわたしたちの心にも日本人として、日本サッカーをサポートしてきた者としての誇りを感じさせてくれた。終わった今となっては感謝の気持ちで一杯のメニューバーとなった。