過去ログ  October ,2004

3 Octber, 2004

「第1トンネル」をぬけると、
そこは「第2トンネル」だった・・・。

(って、あんた、国道1号「牧ノ原」かよ・・・_| ̄|○ )

今季エコパで勝利がないのは、決してエコパが悪いからでもないし、
審判のせいばかりとも言えないだろう。
なぜダービーのスタンドがあんなにガラガラなのか、
選手は、フロントは、考えるべきではないか。

9 Octber, 2004

GOOD-BYE, PACIFIC FLOLA 2004・・・.

11 Octber, 2004

GOOD-BYE , NOTANE ,
GOOD-BYE , PACIFIC FLOLA 2004 !


「うちから30分の非日常的空間(このニュアンス、わかっていただけるだろうか)」、
浜名湖花博。
惜しまれつつ閉幕である。
「花を愛でる」なんてことをふだんはこれっぽちもしない私でも楽しめたのは、
あそこへいくと「日常とはちがう時の過ごし方」ができたからだと思う。
スタッフのみなさんに感謝。
また、多くの遠方の方たちが私たちの郷土を訪れてくれた。
このエリアのよさを感じてもらえたのではないだろうか。
またぜひ訪れていただきたい。

14 Octber, 2004

Thanks , CX !

「突破して当然の一次予選」と、かつて私も書いた。
しかし、今のアジアはそういう時代ではなくなっていたようだ。
一次予選オマーン戦、引き分け以上で一次突破が決まる。
しかし負けてしまえば、それも2点差以上で負ければ「絶望」状態にもなりうる、
厳しいリーグの山場となった。
そして試合内容も予想を超える厳しいものだった。
しかしそんな試合を落ち着いてしっかりと物にした。
そういう意味ではこの試合は評価したい。
それにしても、「一抜けonly」ってのは厳しいなぁ。
一歩間違っていたら、W杯まで2年を残して「絶望」になることもあり得たのだから。
想像しただけで恐ろしい・・・。

さぁ、残りシンガポール戦、きっちり勝って最終予選に臨みたい。
いろいろあったよなぁ、7年前。
今回もいろいろありそうだよ。
何と言っても、あの「将軍様」の国も上がってきたみたいだし。
もし同組になったら、ホーム、アウェー、共にどういう試合になるのだろう・・・。
「見てみたい」気もするが・・・。(怖)

17 Octber, 2004

スコアレスドロー。
本来なら試合終了後、ブーイングを浴びせられても仕方ない結果だ。
しかし今日のゴール裏は選手たちを拍手で迎えた。
そのわけは「結果を数字だけで見た人」にはわからないだろう。
ゴール裏は、「磐田の将来に希望が見えた」から
拍手で迎えたのではないだろうか。
私も立ち上がって拍手を送った。
背番号27、菊地直哉に、
そしてファインセーブを連発したGK岩丸に。
不可解なレッドカードをもらって、
十分パフォーマンスを見ることはできなかったが、
初先発(だったよね?)大井健太郎もまずまずよかった。
守り、という面については、若手を中心によくやったと思う。
(今日はキャプテン、山西共に「大チョンボ」はなかったし)。
「暫定」の後、新指揮官がどういう構想を持ってくるのかわからないが、
期待されて入団し、年代別代表に選ばれるぐらいの逸材が
ようやく磐田の中で機能し始めた、ということはいいことだ。
今まで不動の地位に君臨し、「選手が監督を選ぶ」ぐらいだった(?)
ベテラン勢もこれで危機感をもつようになったのではないか。
交代の時、悔しそうに見えた名波、
これからこういう光景が多く見られるようになるのかもしれない。
それはそれでいいことだ。

ところで・・・何なんだ?あの審判は。
登録されている主審の中でJ1の経験は少ない方から2番目、
要は「経験不足」か?
大井の足の裏が見えるタックルは確かに悪かったが、
それにしても、ずいぶんお粗末だったように見えた。

24 Octber, 2004

新潟県中越地震。
その時、私は前回の紀伊半島沖での地震の時と同様、
車に乗っていた。
さすがに今回は揺れに気づかず、その一報は、
まだ買っていなかったC大阪、G大阪戦のチケットを買いに立ち寄った
オフィシャルショップ浜松店の店内モニターの速報で初めて目にした。
家に帰ってからはテレビに注目。
時間が経つごとにはっきりしていく被害の報道に心が痛んだ。
翌日の試合はアルビレックス新潟戦。
選手はおそらく地震の前に新潟を出ていたのではないかと思うが、
ふだんビッグスワンをオレンジに染め、熱く盛り上げるサポの中には
新幹線の中や高速道路上で足止めとなった方や、
試合当日出発するつもりで自宅にいて
被害に遭った方もいたのではないかと思った。

そんな中での新潟戦となったが、アウェーゴール裏には
多数の新潟サポがつめかけた。
おそらくこちら在住の方とか、前日出発したみなさんで、
家族、仕事関係等被害がなかった方々だろう。
しかしやはり空席が目立った。
この地震で被災したことにより、今日スタジアムに来ることを
断念せざるを得なかった方もかなりいらっしゃったと見受けられた。
そんな新潟ゴール裏に向けて磐田サポからは
激励の横断幕と「新潟」コールが送られた。
同じJを熱くサポートする同志であるし、
東海・東南海の脅威におびえながら日々暮らしている我々としては
他人事とは思えない。
心よりお見舞いを申し上げます。
そして1日も早い復旧・復興を祈りたいと思います。

30 Octber, 2004

新監督発表。
アテネ五輪代表監督、山本昌邦氏が就任した。
「執行役員監督」という聞き慣れない立場。
とにかく強化に関しては結構な権限をもっているのに違いない。
期待したい。
3年計画といわず、なるべく早く今の磐田を再建してほしい。
ただ・・・私は手放しで歓迎しているわけではない。
消極的になってしまうのにはいくつかの「?」があるからで、一つは、
「本当に多くの選択肢をじっくり検討する中で山本氏に決まったのか?」
ということ。
最初から「チームをよく知る山本で」とか、「ヤマハ出身でなきゃ」という
「既定路線」だったのだとしたら、がっかりだ。
それから山本新監督が「ベテラン王国」のチームに
本当にメスを入れられるのか?という不安。
記者会見で語ったように
「若手のためにポジションを与えることは考えない。」
「若手にはそれ以上に努力して勝ち取ってほしい。」
というのは私も大いに同感。それでなきゃ、思う。
世代交代は若手がベテランを乗り越えて起こるもの。
若手育成のためにポジションを空けるなんて考えられない。
ただ、選手たちと「長いつきあい」の監督が
ベテランに「甘く」ならないか?という不安を感じる。
アテネの時もオーバーエイジの人選は
かなり「情」が入っていたのではないか、と言われているし。
まぁこんな不安は「勝利」「よくなっていくチームの姿」で
解決してくれれば、それが一番なのだが。
ということで、お手並み拝見。
まずはこのボロボロの2ndをどのように「終わらせる」か、
そして天皇杯でどこまでできるか、
それを見せていただくところからだ。

Thanks , Chunichi