過去ログ May,2003

5 May,2003
どうして彼にそこまでひかれるのか。
理由はいろいろあると思うけれど、
やはり彼に「自分を重ねて」見ているいるからじゃないか、と思う。
FW 9 中山 雅史。
彼と私は、仕事も、置かれている立場も、まったく違うけれど、
あんなふうに自分もがんばれたら、と思うから、
彼の活躍を願い、
彼の活躍を自分のことのように喜ぶことができるのだと思う。

その彼が、この前はいつもの彼ではなかった。
前節、宮城スタジアムでライン際のボールを追うのをあきらめた姿は
あまりにショッキングで私の周囲からもため息が漏れたぐらいだった。
今日は、後ろから彼の背中を押してあげたい、
そう思ってエコパへ向かった。

まぁ、私は立って跳ねてたわけではないけれど、
微力ながら後押しはできたんじゃないかなぁ。
でも、本当によかった・・・。

これからもあなたを応援し続けます・・・。

アナログ・レコードプレイヤーを持っていると言ったら、
私も「オジサン」の部類に入ってしまうのだろうか・・・?

フジテレビの月9ドラマ「東京ラブシネマ」。
陳腐なストーリーにかかわらず結構見逃さずに見ているのは、
白石美帆チャンの笑顔とせつない顔が見られるというのもちょっとあるが(笑)、
主題歌で久しぶりに大瀧詠一の歌が聴けるから、というのが
やはり大きいだろう。

学生の頃、彼の音楽を聴きまくった。
直接の出会いは「A LONG VACATION」であるが
(キムタクのドラマではない!!)
その後、さかのぼるようにして、数多くのナイアガラレーベルの
レコードを聴きあさった。
今改めて聴いてみても、「すごいなぁ。」と思える。
今でこそ、洋楽と邦楽に「レベルの差」をあまり感じなくなったが、
当時は洋楽と「歌謡曲」の間には笑っちゃうぐらいの差があった。
でも、彼がプロデュースしたSuger Babeの「SONGS」や
彼のアルバム「NIAGARA MOON」を聴いた時は、
当時の「ポップス歌謡」とは確実に違い、「売るための曲」とは違う、
こだわりを感じ、聴くだけでときめいたものだった。
(一部、お笑いもあったけれど)
その後発表された「A LONG VACATION」や「EACH TIME」では、
松本隆の詞も乗っかって、せつない楽曲がならび、
ますます入れ込んで聴くようになった。
しかし、1984年発表の「EACH TIME」以来、単発の曲の発表はあるものの
オリジナルアルバムの発表は止まっている。

5年前にもやはり、月9ドラマの主題歌で新曲を発表したが、
オリジナルアルバムの発表はなかった。
彼自身の創る気が高まっていないのなら仕方ないが、
ファンとしては、どうしても期待してしまう。

「無理にとは言いません。でも、待ちますよ。」

(パープルサンガ戦、無難に勝ったので、久しぶりに「ジュビロネタ」以外で
書いてみました。期待していた方、ゴメンなさい!
ちなみに、同番組では、伊東美咲チャンにも興味はあります。(^^ゞ)

11 May,2003

(ジャケットの著作権に配慮して、画質を落として掲載したつもりですが・・・。)

東アジアサッカー選手権の延期が決まった。
延期といっても、ではいつどこで開催するのか、というめどは
全く立っていない。
実質、中止と考えてよいだろう。
ジーコ・ジャパン誕生以来、代表の試合は水曜の夜、というのが定番で
水曜は仕事の都合で早退等が全くできない私にとって
今回は初めてジーコジャパンを生観戦する機会になるはずだった。
特に、そうそう簡単に手に入るものではない日韓戦のチケットを
何とか手に入れたのに、残念で仕方がない。
一部報道では韓国は試合を望んでいるとのことだが、
主催者が自主的にやめたのでなく、
横浜市からの要請でやめたということを考えると、
仮に日韓戦を行うとしても
同一チケットで横浜国際でそのまま開催、というのは考えづらい。
あきらめるしかない。

今回のことは代表の強化にとっても厳しい決定だろう。
親善試合とは違う、タイトルを争う国際大会で
ジーコのチーム作りが問われるはずだった。
そしてこれを足がかりに、6月のコンフェデ杯につなぐはずだった。
大陸王者決定戦を前に、今のところ決まっている試合は
相手主力のほとんどは来日しないと思われるアルゼンチン戦のみ。
本当に大丈夫なのだろうか・・・。

それにしても、おそるべし、SARS。
楽しみを次々と奪ってくれて・・・。
憎しみがふつふつとわき起こってくる。
せっかく湾岸での戦争は終わりを迎えたというのに・・・
今度はお前か・・・。
15 May,2003

人間って勝手だな、と思うのは、
前回、ここでSARSのために東アジア選手権が「中止」になったことを
あれだけ嘆いておきながら、
いざ「関西旅行をした台湾人医師がSARS発症」と報道されると、
御堂筋線の車両内でだれかが「ごほっ!」とやるだけで、
おいおい、まさか・・・と思ってしまったから・・・。
でも、1つの国際サッカー大会を中止させようとする一方で
SARS感染者をあっさり入国させてしまうなんて・・・。
厚生労働省さん、しっかりしていただきたい・・・。

ということで、長居に行ってきた。
でっかい器なのにこれっぽっちしか人が来ないの?
とはじめは思ったが、日が暮れるにつれて人が増え、
結局は半分ちょっとは埋まったのではないか・・・安心した。
駅から近いし、近くに繁華街もあり、
公園ではバドミントンやスケボーを楽しむ人たち。
まずまずいい雰囲気でうらやましいし(一部ガラの悪い人もいたが)、
スタジアムもトラックつきとはいえ、見やすくていいな、と思うのだが、
このスタジアムが代表でなければいっぱいにならないのでは、悲しい・・・。

長居へは代表戦で何度か足を運んだけれど、
雰囲気は、国立や横浜よりも、いいと思った。
メインやバックとゴール裏の温度差がなく、メインでも熱い熱い!
もちろんメインはみんな座ってみているけれど、
「おすまし」で見ている人が少ない。
いいプレーには拍手、悪いプレーにはブーイング!
ゴールなど決まろうものなら、まわりの知らないオジサンともタッチを交わし
共に盛り上がってしまったりして。
そしてガンバ、セレッソなど地元選手にはより一層の熱い声援!
うむ、確かに代表の時は、ひいきJチームのエゴは出すべきではないが、
それぐらいの「ローカル色」を出すのはありかな・・・と。
そういう意味では「長居好き」の自分としては、どうかJでも盛り上がってほしい。
首位を突っ走る阪神もいいけれど、大阪のファンはぜひ長居へ!!

なんて、エールを送ってみました。
今度は来月、アルゼンチン戦でおじゃまします!!

18May,2003

相手の力が一枚上手だったというのなら、納得するしかない。
試合運びのうまさにやられたというのなら、
それはそれで仕方がない。
しかし・・・。

今日はキッチリと勝ち点3を稼いで首位固めをし、
藤田俊哉のホーム最終戦を飾るはずだった。
しかしキックオフから3分、
私の周囲にいた人たちは感じていた。
先週までの調子を上げてきた磐田とはまるで違う、と。
服部も、秀人も、先週までよかった上本も、そして俊哉まで・・・。
信じられないミスからボールを奪われていく。
結局、その流れを修正できないまま、90分を終えてしまった。
(1点取り返した場面は素晴らしかったが)

「磐田は強い」とよく言われる。でも、
今に始まったことではないのだが、年に何回か、時々今日のように
ピリッとしないゲームをやってしまうことがある。
なぜだ?
名古屋なら大丈夫と思っていた?
バスティッチがいないからとなめていた?
心は既に・・・?(あまりいいたくはないが)

市原が引き分けてくれたおかげで、何とか首位はキープ。
でも鹿島との勝ち点は2。
直接対決で負ければひっくり返る位置に来てしまった。
もちろん市原とも、そして苦手の柏とも試合が残っている。
自ら厳しい状況にしてしまったという感じである。

最後に、名古屋サポさん。
あなたたちって前からそんなに品がない人たちでしたっけ・・・。

25 May,2003

新しいデジカメが届いた。
近くのパソコンショップで現物だけ見て、楽天で注文するという
ちょっとずるい買い物だった。
CANONのIXY400が新しいデジカメ。
といっても、今までの機種も初代IXYだったので、
見た目はあまり変わっていない。
ただ、ほとんどサイズやデザイン、つくりが一緒の中で
400万画素の3倍ズームがつくなど、かなり進化している。
これからはこれと共にいろいろなところに出かけて
いろいろな思い出を刻めたらと思う。

前の初代IXYともいろいろ出かけたものだ。
国内の4つの大きな島、全てにこいつを持って渡った。
あとはコンフェデ@新潟ついでに佐渡にも・・・。
海を越えてイングランドにも渡った。
ハイバリー、ウェンブリーにも連れて行った。
家族に貸し出したことも含めば、
上海、ソウル、そしてタイにも上陸している。
そして、W杯3試合、
夢のようなひとときにも、同行してもらった・・・。

私はどちらかというと1つのものを長く使い続ける人間だと思う。
部屋のステレオは高校生の時に買った「コンポ」が
今でも現役だ。
(あとからCDプレーヤーやMDレコーダーは買い足したが。)
使っているうちに愛着が出てきて、なかなか手放せなくなるのだ。
旧IXYは家族共用のものとして払い下げ、
今後は第2の人生を歩むことになる。
他人の手に渡ることを思えば、安心だ。
大事にしてもらえよ・・・。

31 May,2003