過去ログ March,2003

16 March 2003

久しぶりの八方尾根。しかも長野五輪後は初めて。
ジャンプ台を見ながら、五輪コースを滑りながら、
5年前の興奮を思い出す。
真ん中より上はまだまだ良質の雪。でも、一番下はやや重くなり始めていて、
踏み込めない、抜けない、という状態で、怖さとストレスを感じた。
それともう一つ感じたもの。
春の訪れ・・・シーズンの終わり。
今シーズン、本州で滑るのはこれが最後になるのだろうか。

J開幕は待ち遠しい。でも、雪も名残惜しい・・・。

21 March 2003

(この画像は一昨年の初観劇時に撮影したものです。)

J開幕。いよいよ今年も春がやってきた。
今年も小笠山から春はスタート・・・するはずだった・・・。
しかし、ある日、思いがけず職場の先輩より声をかけられた。
ライオン・キングのチケットがあるんだけれど、行けなくなっちゃったから、どう?」
何?いつ?21日だって!!??
でも、聞けば1階J列(ってことは10列目か?)、かなりの良席とのこと。
これは「フリーク」の私としては、聞き逃すわけにはいかない。
またこの1ヶ月、私の周りで「ライオン・キング」をめぐっていろいろなことがあった。
それも含め、いろいろ考えた挙げ句、エコパを断念し、東京行きを決断した。
21日。浜松町駅からの人の流れに乗って、四季劇場へ。
出演者の細かな表情や、今、自分の耳に届いている声が
どの口から発せられているかわかるくらい
前のど真ん中の席でミュージカルを堪能することができた。
約3時間後、外へ。芝商業高校の校舎の影に姿を隠しつつある西日を浴びながら、
「ライオン・キング」を観た後は毎回のことであるが、
何でもできそうな勇気、そして自分も何かやらなければいけないような、
熱い「何か」をもらったように感じていた・・・。

帰りの新幹線の車中、i-modeで磐田の敗戦を知った。
またも4失点。どこに原因があるのだろう。
それを知りたくて帰宅後、ビデオを見ようとした。
しかし、そこに映っていたのは、イラクを攻撃する米軍の映像だった。
Jリーグ中継は衛星第2に変更になったとのこと。まぁ、知らない私が悪いとはいえ
戦争が与える影響の大きさを感じた。

安心してミュージカルを、サッカーを楽しむことができる平和のありがたさを
全ての人々が実感できる世の中に早く戻ることを願わずにはいられない。
31 March 2003
年度末、3月。
今まで心をこめて取り組んできた仕事が終わったり、
苦労を共にしてきた仲間が人事異動で去っていったりして、
どうも自分は、「電池きれちゃいそう(by赤名リカ)状態」だったようである。

4月、新年度。次の仕事が始まる。
気分をリセットし、ねじを巻き直し、次に向かって動き出さなければならない。
そのためには、自分をリフレッシュさせることが必要だ。
幸い、北海道へのスキーに誘われていた。
休暇をとり、名古屋空港へ。
雪が少なくなりつつある日本アルプスを上から見下ろしながら、北へ向かった。
空気がぬるくなってきた本州とは異なり、
引き締まった冷たい空気と雪がまだそこにはあった。
3日間、うまい北海の幸を食べ、「サッポロクラシック」のスッキリした喉ごしを楽しんだ。
そして雪の上を滑りながら自分の体をコントロールすることを
心の底から楽しんできた。

行きに読んだJALの機内誌に
「旅をさせたラットは一ヶ所にじっとさせていたラットよりも脳が発達した」といった感じで
旅は生物の精神によい影響を与えるということが書いてあったが、
今回の私はまさにこれにあてはまっていたようだ。
不安がないわけではないが、この先、次へ進むパワーが戻ってきたように思う。